マイブログ

春雷29

back  next  top  Novels


 翌朝、森村が来る前に、軽井沢からやってきたのは平造だった。
「いらっしゃい、平さん」
 ドアが開くと同時に冷たい風が吹き込んで、良太は慌てて平造を出迎えた。
「こっちもえらい寒いな」
 鈴木さんにソファに促されて座ると、少し疲れたような顔で平造は窓の外へ顔を向けた。
「こちらには何か御用で?」
 コーヒーを持って来た鈴木さんが聞いた。
「ああ、ちょっとな。社長は今日から沖縄だって話だから、上で一泊させてもらうことになってる」
 沖縄行きのスケジュールは無論良太も知っていたが、雷が鳴った頃、隣のドアが開く音がした気がしたものの、良太が起き出した頃、隣へのドアをノックしてみたが応答がなかったので、もうその頃には出かけていたらしい。
 また朝飯抜かしたな、とは思ったが、そのために工藤の行動に負担がかかってもまずいだろうと思う。
「何かお手伝いすることがあればおっしゃって下さいよ」
 鈴木さんが優しく平造に問う。
「そうですよ」
 良太も頷いた。
 すると平造はしばし迷ったような顔をしたが、「そうたいしたことじゃないんだが」と口を開いた。
「俺はガキの頃に親を亡くして、親戚をたらいまわしにされたんだが、それでもまあ、何とか中学までは出してもらったんで、今なら折檻なんざ虐待だ何だって騒がれそうなことも我慢はしとったんだ」
 平造はそこで一旦言葉を切った。
「母親の従妹の嫁ぎ先にしばらく世話になったことがあって、聡子っつうそいつにはことあるごとに打たれてたな。中学を卒業してすぐその家を追い出されたからむしろ助かったってとこだったが、その聡子が最近亡くなったらしいと俺のところに警察から連絡が入って」
「え、じゃ、お葬式に?」
 鈴木さんが聞いた。
「いや、もう亡くなってから一カ月以上も経ってるらしいが、嫁いだ一人娘は亡くなっていてもともと聡子の粗い性格もあってか疎遠になっていたその旦那や家族は遺体の引き取りを拒否したんだと。聡子の亡くなった兄の一家も代もかわってて、誰だそれはくらいで引き取る処の騒ぎじゃなかったらしい」
「まあ………」
 鈴木さんも言葉をなくした。
「それで平さんのところに?」
 良太が聞いた。
「もう何年も一人暮らしで、近所とも付き合いがなくて、民生委員が見つけた時には死んでもう何日も経ってて孤独死だったらしい」
 うわあ、と良太は心の中で呟いた。
 最近よく孤独死の話題がネットのニュースなどにも上がっている。
「何か、他人事じゃない気がしてな。縁戚中で引き取り拒否されて俺なんかのところにまで連絡がくるってことは」
 子どもの頃預かってくれていたとはいえ虐待されたような相手に対してまでも、平造は本来義理堅く優しい人間なのだ。
「その聡子さんて、やっぱり水戸に住んでたんですか?」
 気になって良太はきいた。
「ああ、古い一軒家に九十六までな」
「古い一軒家ですか。事情はわかりましたが、ご遺体の引き取りとは別に、その一軒家や土地が聡子さん名義だったりすると相続の方が面倒なことになりますよね」
 良太は眉を顰めた。
「もしか負の遺産があったりする場合もありますから、その場合はすぐに相続放棄の手続きをしないと」
 良太は言った。
「社長にもそんなことを言われて、小田弁護士に相談するようにってな」
 小田先生、メチャ人気者になってるな、最近。
 良太は先日難しい顔で現れた小田を思い浮かべる。
「小田先生に連絡しました?」
「いや、これからだが」
「じゃ、俺、今連絡しておきます。平さん少しゆっくりしててください」
 良太がそう言った時、携帯が鳴った。
「あ、はい、今平さん来てます」
 工藤からで、今は沖縄にいると言い、平造が今話したようなことで手を貸してやってくれという。
「仕事に差しさわりがない程度でいいが」
「わかってます。大丈夫です。それより今朝、朝飯抜いたんじゃないですか? そっちでもちゃんと食べてくださいよ」
「ああ、わかったわかった」
 工藤は煩そうに電話を切った。

 


back  next  top  Novels